鈴木 清先生が亡くなられた。

悲しみは、何でもない時にわき出してくる。

たとえばパン屋でパンを選んでいるとき。
たとえば晴れた日に駐車場に木がしげっているのをぼんやり見ているとき。

そのときに見ていたものと、鈴木先生とは、何のつながりもない。

人の死が、こんなにじわりと悲しいものだなんて、知らなかった。

先生のことは、写真も人間も、心から好きだった。多くのものを残していかれた。わりきれないものまでも。


鈴木先生、本当にありがとうございました。


※写真は鈴木清さんのものではありません。


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